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大津地方裁判所 昭和58年(ワ)437号 判決

原告

清水久

被告

平井孝一

ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告平井孝一は、原告に対し、五一一〇万八二四八円及びうち四八五〇万八二四八円に対する昭和五五年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千代田火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告平井孝一と連帯して、一四九二万円及びこれに対する昭和五五年一月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告日新火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告平井孝一に対する請求について、支払いを命ずる判決が確定したときは、同被告と連帯して、三六一八万八二四八円及びこれに対する右確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第一、二項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一月二〇日午後一時五分ころ

(二) 場所 大津市御陵町三の一地先路上

(三) 加害車 普通自動車 滋五五ろ一〇〇三

右運転者 被告平井孝一

(四) 被害車 自動二輪車 京都市山ち三〇〇

右運転者 原告

(五) 態様 直進しようとした被害車に、左方より右折しようとした加害者が接触、原告は路上に転倒

2  責任原因

(一) 被告平井孝一は、右加害車を所有し、これを自己の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告千代田火災海上保険株式会社は、被告平井孝一と自動車損害賠償責任保険契約を締結しており、同日新火災海上保険株式会社は、同平井孝一と自家用自動車保険契約を締結している。

3  権利侵害

本件事故により、原告は、外傷性環椎、軸椎亜脱臼、外傷性頚椎椎間板症の傷害を受け、これによる後遺症として現在、歩行障害、ふらつき、手指巧緻運動障害、インポテンツ、手指知覚障害が生じている。

4  損害

原告の後遺症は、後遺障害別等級表の第三級の三号に該当するから、原告は、次の損害を受けているものである。

(一) 逸失利益 三四〇〇万八二四八円

(1) 年収二八一万五九七五円

(2) 年齢本件事故当時五〇歳(昭和七年一二月四日生)就労可能年数一七年

右一七年のホフマン係数一二・〇七六九

(3) 計算 二八一万五九七五円×一二・〇七六九=三四〇〇万八二四八円

(二) 慰謝料 一五〇〇万円

(三) 弁護士費用 二八五万円

(四) 合計 五一八五万八二四八円

5  損害の填補 七五万円

原告は、下腿瘢痕について、後遺症第一四級の認定を受け、その保険金七五万円を受領した。

6  よつて、原告は、次の金員の支払を求める。

(一) 被告平井孝一に対し、合計金五一八五万八二四八円からすでに受領した七五万円を控除した五一一〇万八二四八円、及びうち四八五〇万八二四八円に対する昭和五五年一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

(二) 被告千代田火災海上保険株式会社に対し、自動車損害賠償責任保険金一五六七万円から七五万円を控除した一四九二万円、及びこれに対する昭和五五年一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

(三) 被告日新火災海上保険株式会社に対し、合計金五一八五万八二四八円から一五六七万円を控除した三六一八万八二四八円、及びこれに対する被告平井孝一に対する請求について支払いを命ずる判決が確定した日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実のうち、原告の症状は不知。その余の事実は否認する。原告の主張する症状は、本件事故と因果関係のないものである。

4  請求原因4の事実は不知。

5  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  被告平井孝一(示談成立)

(一) 被告平井孝一は、原告との間において、昭和五八年九月一九日、後遺障害により生じる損害賠償金について、当時後遺障害等級は第一四級で認定されていたが、同等級に基づく自動車損害賠償保険(強制保険)で支払われた七五万円以外に、同被告が原告に対して一〇〇万円を支払い、その代わり将来原告の後遺障害が右等級以外に認定されても、右追加に支払われる自動車損害賠償保険の後遺障害保障金以外に、原告は被告に対して金員の請求をしない旨の約定をして、原告の一切の後遺障害について示談解決した。

右約定は、将来右後遺障害が第一四級以外に認定されても、同等級に基づく後遺障害損害金は、同等級に基づく自動車損害賠償保険の後遺障害保証金以外に一〇〇万円であると擬制して解決したものである。

四  権利侵害

1  事故後の原告の様態及び現在症

(一) いずれも成立につき争いのない甲第七号証の一、乙第一号証の一七、乙第二号証の二ないし四及び乙第四号証、証人藤田仁の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

昭和五五年一月二〇日、原告は、本件事故直後に大津赤十字病院に運ばれ、事故による受傷について診療を受けており、傷病名は、左下腿挫傷及び同打撲傷と診断され、同年二月四日まで実日数六日の通院治療を受けたこと。

原告は、右診療の過程で前記以外の部位について痛み等を訴えることはなかつたこと。

(二) 成立につき争いのない甲第七号証の二、乙第三号証の二ないし四及び乙第五号証、証人山中浩太郎の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告は、歩行障害、手足のしびれを感じ、本件事故によるものではないかとの考えのもと、昭和五五年三月一一日、山中外科医院で受診したが、傷病名は、左下腿挫傷と診断され、同年六月一七日まで実日数四日の通院治療をしたこと。

(三) 成立につき争いのない甲第七号証の三、乙第六号証の一ないし一八及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告は、山中外科医院の診療に満足できず、昭和五五年六月一〇日、従来から既往症の診療を受けてきた桑原病院を受診したが、従前同様傷病名は、左下腿打撲挫傷と診断されたこと。

同日現在、原告は、歩行極めて蹣跚で両手にシビレ感があり精密運動不可能な状態にあり、かつ、頚椎後屈により左上下肢に電撃痛を伴い全身痙攣をきたす状態にあつたこと、しかし、これについては本件事故との因果関係は不明とされたこと。

以後同月二三日まで実日数六日の通院治療をした後、同日より同年九月一二日まで入院治療したこと。この間、電気針、局所注射、湿布、マツサージ、低周波治療等の施行、投薬がなされたこと。

(四) 証人五十嵐正至の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四、五号証、甲第七号証の六ないし一五及び甲第一六号証の一ないし六八、甲第一七号証の一ないし二〇一、並びに証人五十嵐の証言及び原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。

原告は、昭和五五年九月一九日、大津市民病院を受診し、同月二二日から同月二五日まで検査入院をし、同年一一月三日には手術のため入院し、翌日、第一頚椎から第二頚椎までの椎弓切除手術をうけていること(以下「第一回目の手術」という。)。この間の傷病名は外傷性環椎・軸椎亜脱臼、及び外傷性頚椎々間板ヘルニアと診断され、原告の症状としては、腱反射亢進、第六胸椎以下の知覚低下、錯知覚、右頚部、右手、肩知覚低下、痙性歩行、上肢筋力低下、手指筋力低下、両下肢の灼熱感があつたこと。

次いで、原告は、同年一二月一七日、環椎・軸椎の固定手術を受けていること(以下「第二回目の手術」という。)。

原告は、昭和五六年三月一七日に退院した後、同年四月一日から同年九月末まで通院治療を受けており、その間の傷病名は外傷性環椎・軸椎亜脱臼と診断され、原告の症状としては、下肢腱反射亢進、歩行障害、四肢末端知覚異常、手指運動軽度障害等があり、未だ四肢シビレ感、脊髄圧迫症状が持続していたこと。歩行姿勢、手指尖のシビレは第一回目の手術後より悪化していたこと。同年七月以降、脊髄症が強くなり、同年八月には全身性異常感覚がみられるようになつたこと。

第一回目及び第二回目の手術後、原告の症状は部分的にではあるが若干軽快したこと。

原告は同年九月二一日から同月二四日まで検査入院をし、同年一〇月九日には、傷病名、外傷性環椎・軸椎亜脱臼、頚椎軟骨症の診断を受けていること。

原告は、同年一一月二日に手術のため入院し、同月四日、第三、第四頚椎の固定及びヘルニア摘出の手術を受けたこと(以下「第三回目の手術」という。)。この手術により原告の症状は一時的にではあれ大幅に軽快したこと。

原告は、同月二三日に退院し、同年一二月一日から通院治療を継続し、同月四日には、傷病名、外傷性頚椎々間板ヘルニアの診断を受け、そのときの原告の症状としては、両下肢腱反射亢進は手術前と同じであり、下肢知覚障害は軽快しており、両手シビレ感が残存していたこと。しかし、同月一八日には、全身どこに触れてもピリピリした感じを示すようになつたこと。

次いで、原告は、昭和五七年二月四日、傷病名、外傷性頚椎々間板ヘルニアの診断を受け、そのときの原告の症状としては、痙性対麻痺、四肢末端シビレ感、第四胸椎以下知覚鈍麻といつた脊髄症状は第三回目の手術後軽快するも、手指巧緻運動障害はみとめられること。

しかし、同年三月初旬より次第に、下肢腱反射亢進、痙直性歩行への変化がみられ、その後歩行障害が進行していたつたこと。同月五日施行の頚椎単純撮影、機能撮影では亜脱臼はみとめられなかつたこと。

同年四月九日には、傷病名、外傷性環椎・軸椎亜脱臼、外傷性頚椎々間板ヘルニアの診断を受け、そのときの原告の症状としては、歩行障害、両手指錯知覚、手指巧緻運動障害がみとめられたこと。

さらに、同年六月一九日には、傷病名、外傷性環椎・軸椎亜脱臼、外傷性頚椎々間板ヘルニア、左下腿灼熱痛の診断を受け、そのときの原告の症状としては、痙性歩行、両手指巧緻運動障害、下肢腱反射亢進、四肢知覚障害がみとめられ、症状は固定しはじめてきていたこと。

しかし、その後、昭和五八年二月頃、全身の異常感覚が出はじめ、全身的腱反射亢進がみとめられ、痙性歩行が増強するなど強度の脊髄症の進行がみとめられるようになつたこと。同年八月のレントゲン検査では、頚椎第二から第五は固定していたが頚椎第三、第四間の骨棘は残存していたこと。昭和五九年一〇月には症状は初診時の状態に近くなつていたこと。この間、盛んに手術をするように勧められていたこと。

昭和六一年には杖歩行となり、以後平成三年に至つても痙性歩行が増強され、現在においても、歩行障害、両手指知覚障害、手指巧緻運動障害等の強度の脊髄症状を示していること。

2  原告の既往症

(一) 原本の存在及びその成立につき争いのない乙第八号証によれば、本件事故以前、原告には次のような既往症があつたことが認められる(括弧内は初診日)。

(1) 脳血栓症(昭和五三年一二月三〇日)

(2) 肝炎(同日)

(3) 変形性頚椎症(同五四年一月一日)

(4) 腰筋痛(同月六日)

(5) 両肩周囲炎(同月一六日)

(6) 貧血性(同年四月六日)

(7) 胃潰瘍(同日)

(8) ヘルペス(同年一〇月二三日)

(9) 左足関節炎(同年一一月一六日)

(10) 左坐骨神経痛(昭和五五年一月一一日)

(二) このうち、弁論の全趣旨によれば、肝炎、貧血性、胃潰瘍は原告の現在症との因果関係がないものと認められ、また、脳血栓症については、既往の具体的症状を明示する証拠がなく、本件全証拠をもつてしても、原告の現在症との因果関係を認めることはできない。

一方、前掲乙第八号証によれば、本件事故前に腰筋痛の症状として腰痛、両肩周囲炎の症状として両肩部痛、左足関節炎の症状として左足関節部痛、左坐骨神経痛の症状として左下腿牽引感、左下肢疼痛といつた症状がすでに発生していたことが認められる。

また、変形性頚椎症については、本件全証拠をもつてしても、それがいかなる傷病を指すものであるか特定し難いものの、前掲乙第八号証によれば、事故前の症状として昭和五四年八月から同年一一月にかけて、左腕知覚減退、左半身のズキン、ズキンする痛み、左半身の感覚鈍麻といつた感覚障害及び左手に脱力感があり茶碗を落とす、右手も箸を落としたり、物をつかめなくなる、右手握力の低下といつた手指巧緻運動障害ないし上肢運動障害が発生していたことが認められる。この点、鑑定の結果によれば、既往症は頚部脊椎症であると指摘されているが、右鑑定の結果に弁論の全趣旨を併せ考えれば、レントゲン等による他覚的所見なくして自覚症状のみで既往症を頚部脊椎症と結論づけることは困難であり、したがつて、わずかに、手指巧緻運動障害ないし上肢運動障害といつた既往症状及び歩行障害、両手指知覚障害といつた現在症状を頚部脊椎症に基づく脊髄症の症状として一体的に把握することも可能であることを認めることができるにとどまるものというべきである。

3  外傷性環椎・軸椎亜脱臼の存否及び本件事故との因果関係

(一) 外傷性環椎・軸椎亜脱臼の存否

(1) 環椎・軸椎亜脱臼の存否

成立につき争いのない甲第一一、一四号証、同第一八号証の六、同第一九号証の二及び鑑定の結果によれば、環椎・軸椎亜脱臼の判定には、X線単純撮影、CTスキャンによる他覚所見、すなわち環椎前弓歯状・突起間の距離(predental space)が三ミリメートルを超えているかを観察することが最も重要かつ有効であること、及び右の判定はX線単純撮影のみでも十分可能なことが認められ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一七号証の七八によれば、証人五十嵐は、原告の治療の過程でpredental spaceが五ミリメートル以上あると認識していたことが認められ、また、前掲甲第一一号証及び成立につき争いのない同第二〇号証の一、二、同第二一号証の一、二によれば、大津市民病院脳、神経外科は環椎・軸椎亜脱臼につき相当の治療実績を有していることが認められ、さらに、成立につき争いのない甲第七号証の七、同一五号証、同第一九号証の三及び前掲甲第一四号証、並びに証人五十嵐の証言、鑑定の結果によれば、原告に対する第一回目、第二回目の手術は、環椎・軸椎亜脱臼に対応するものであることが認められ、以上の認定事実を総合的に考慮すれば、原告には環椎・軸椎亜脱臼が発生していたことが推認される。

(2) 環椎・軸椎亜脱臼は外傷によるものか

前掲甲第一九号証の二、成立につき争いのない甲第二二号証の三及び証人五十嵐の証言によれば、環椎・軸椎亜脱臼の原因症としては、ダウン症、先天性奇形、外傷、リューマチの諸形態があることが認められ、また本件全証拠をもつてしても、原告にダウン症、先天性奇形、リューマチといつた原因症の存在は認められない。以上の事実を総合すれば、原告に生じた環椎・軸椎亜脱臼は外傷によるものと推認される。

(3) 鑑定結果について

この点、鑑定結果では、外傷性環椎・軸椎亜脱臼の事実は認められないと結論付けられている。しかし、前記のとおり環椎・軸椎亜脱臼の原因症としては外傷による場合もあること、前掲甲第一四号証、同第一八号証の六及び証人五十嵐の証言によれば、環椎・軸椎亜脱臼の症状は、単なる項部痛、運動制限から高度上部頚髄症状まで多岐にわたることが認められ、環椎・軸椎亜脱臼の症状として必ずしも後頭部痛が顕著な症状とはいえないことに照らし、この点に関する鑑定の結果は容易に信用し難い。

(二) 外傷性環椎・軸椎亜脱臼と本件事故との因果関係

成立につき争いのない乙第一号証の一、同四ないし六号証、同一五、一六、二五号証及び原告、被告平井各本人尋問の結果によれば、本件事故は、三差路交差点を右折しようとした被告平井運転の普通乗用車とその右方から道路左端を通つて同交差点に進入してきた原告運転の自動二輪車が出合い頭に衝突し、普通乗用車左前部と自動二輪車左前部の間に原告の左足が挟まれ、バランスを失つた原告が数メートル先の道路中央に転倒したものであり、衝突時の被告平井、原告各車両の速度はそれぞれ時速五キロメートル、三五キロメートルであつたことが認められる。この点、証人藤田、同山中は本件程度の事故では外傷性環椎・軸椎亜脱臼が起こるとは考えにくい、あるいは、外傷性環椎・軸椎亜脱臼の症状は外傷の直後に発生するものである旨証言する。しかし、成立につき争いのない甲第一〇号証の一、二、同第一二号証及び証人五十嵐の証言によれば、軽微な転倒事故でも転倒者の体の状態、あるいは転倒状況によつては亜脱臼が起こりうると認められること、前掲甲第一〇号証の一、二及び証人五十嵐の証言によれば、環椎・軸椎亜脱臼の症状は軽微な外傷の数か月後に発生する場合もあることが認められることに照らし、右証人藤田、同山中の証言は容易に採用し難い。

そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故を除いては外傷性環椎・軸椎亜脱臼の原因となりうる外傷を負つたことはないものと認められ、他にかかる認定を覆すに足る証拠もなく、また、前記のとおり原告は事故当時すでに手指巧緻運動障害ないし上肢運動障害等の症状を呈しており、体の弱化をきたしていたことが認められ、以上の認定事実を総合考慮すれば、原告の外傷性環椎・軸椎亜脱臼は、本件事故に起因するものと推認される。

4  外傷性頚椎々間板ヘルニアの存否

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一二及び証人五十嵐の証言によれば、原告には頚椎々間板ヘルニアが存在していたことが認められる。

しかし、本件全証拠をもつてしても頚椎々間板ヘルニアが外傷に起因するものであることを認定することはできない。この点、証人五十嵐は頚椎々間板ヘルニアは外傷によるものである旨証言するが、証人五十嵐、同山中の証言によれば、頚椎々間板ヘルニアは既往証として明記されている変形性頚椎症と診断されることもあることが認められ、また、鑑定の結果によれば、変形性頚椎症は頚部脊椎症のことをいう場合もあり、原告の既往症を頚部脊椎症とみうる余地もないとはいえないこと、その場合、鑑定によれば、頚部脊椎症と合併して頚椎々間板ヘルニアが生じることがあること、証人山中の証言によれば頚椎々間板ヘルニアは自然発生的にも生じることが認められ、かつ弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、五十嵐は原告の診療を行うにあたり既往症の存在について正確な認識を有していなかつたことも認められ、以上の事実に照らすと右証人五十嵐の証言は容易に採用しえない。

5  原告の現在症と外傷性環椎・軸椎亜脱臼の因果関係

成立につき争いのない甲第一九号証の三、同第二二号証の一、二によれば、神経症五年以上の場合には手術によつても症状の回復は困難であるが、それ以外の場合については、手術結果はおおむね良好なものが多く、手術により脊髄圧迫は回避され、神経根刺激症状、頭痛もなくなることが認められる。

この点、本件における環椎・軸椎亜脱臼に関する第一回目、第二回目の手術後の経過をみると、前記1(四)のとおり、昭和五七年三月五日施行の頚椎単純撮影、機能撮影では亜脱臼はみとめられず、したがつて手術は成功していたものと認められるにかかわらず、第一回目、第二回目の手術後原告の症状は若干の軽快のみられる部分はあつたものの、反面第二回目の手術後は歩行姿勢及び手指尖のシビレについては従前より悪化していることが認められ、一方、前記1(四)のとおり頚椎々間板ヘルニアに関する第三回目の手術によつて、脊髄症が一時的にではあれ大幅に軽快したこと、しかし、その後結局、症状は初診時の状態に戻つてしまつたこと、この間、昭和五八年六月頃より盛んに新たな手術をするように原告は勧められていたことが認められる。

また、前記2(二)のとおり、本件事故前に原告の現在症の関連するものと認められる腰痛、両肩部痛、左足関節部痛、左下腿牽引感、左下肢疼痛といつた症状がすでに発生していたこと、及び手指巧緻運動障害ないし上肢運動障害といつた既往症状及び歩行障害、両手指知覚障害といつた現在症状を頚部脊椎症に基づく脊髄症の症状として一体的に把握することも可能であることが認められ、さらに証人五十嵐の証言によれば、原告の現在症は第三回目の手術での骨棘の取り残し、あるいは頚椎第五での後方圧迫によるものとみうる余地のあることが認められる。

以上の事実を総合考慮すれば、事故後第二回目の手術までの原告の症状については一定程度外傷性環椎・軸椎亜脱臼との因果関係を認めうるものの、それ以後現在に至るまでの症状については、外傷性環椎・軸椎亜脱臼が原因となつているとみることは困難であり、かえつて原告の有していた既往の症状が発展したものとみうる余地が多分にあり、したがつて、外傷性環椎・軸椎亜脱臼と原告の現在症の間に因果関係を認めることはできないといわねばならず、他に右認定を覆すに足る証拠もない。

6  よつて、本件事故と本訴請求で主張する原告の後遺症との間には、因果関係が認めがたいから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないものというべきである。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本定雄)

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